Workshop 教材開発
彫り進みリレー版画
まずは、「彫り進み版画」とは?
右の版画はパブロ・ピカソの版画作品〈闘牛〉です。この版画はどのような技法・手順で作られていると思いますか?
この作品はリノカットと言われる技法で作られています。木版画と同様の凸版画で、木の板でなく、リノリウム板を用いています。木目がなく彫りやすいので大胆に彫刻刀を運べることから、ピカソがよく使っています。
上の図版が2回刷ったところ、下の図版がその上から3回目の刷りを行い完成させたものです。
上の図版は、何も彫っていないベタ版でベージュ色を刷り、その上から赤茶色で2版目を刷っています。
下の図版は、その2版目を刷ったさらにその上から、黒色で3版目を刷っています。
つまり、黒色のところは、ベージュ色、赤茶色、黒色のインクがのっていて、赤茶色のところは、ベージュ色、赤茶色のインク、ベージュ色のところはベージュ色のインクだけがのっている訳です。
何も彫られていない版で1回目、赤茶色のところを彫り残した版で2回目、さらに、黒色のところを彫り残すように彫り進めた版で3回目を刷っています。
このように、順次、彫り進めた版を刷り重ねていく技法を「彫り進み版画」と呼んでいます。



左の版画も、ピカソのリノカット作品〈花飾りの帽子の女〉です。
〈闘牛〉と同様の「彫り進み版画」の手順で制作されていますが、黒色版の彫りが細かな交差した線彫りで面を表すなど変化に富んでいて、〈闘牛〉とはかなり違った印象を与えます。
ベージュ色のベタ版の上から刷られた赤茶色の版は女性の頭部をほぼ輪郭のみ彫った版ですが、線に絶妙の抑揚があり、左目、髪、花飾りの所々には太めの彫り跡を付す、優れたデッサン力のなせる技を感じさせます。
顔の輪郭線の彫り跡に見られる、細くしなやかでためらいを全く感じさせない美しい線は、リノカットならではのものでしょう。
繰り返しになりますが、黒色版では、女性の顔、首に交差した細かな彫り線、体には縦方向のやや強めの堀線を重ねることで、髪の黒の色面と対比させ、まるでもう一版重ねたような効果を出しています。
「彫り進み版画」について、基本は分かっていただけたでしょうか?
さて、ここで、右の版画について考えてください。
この版画はどのような順番で色版を重ねて刷った作品でしょうか?
この作品もパブロ・ピカソの〈帽子の女〉です。同様の「彫り進み版画」ですが、かなり色数が多いですね。
一つだけ、ヒントを…。髪、帽子、顔や衣装に使われている黒色と背景の黒色は別の色で別の版です。背景は薄墨色とでも言っておきましょうか。
色版は白色、黄色、赤色、緑色、空色、黒色、薄墨色、赤茶色の8版と考えられます。どんな順番で、彫り進め、重ね刷りしたのでしょう?



ピカソには右のようなリノカット作品もあります。
〈帽子の女〉と同じ額縁の版が使われていますね。ですから、この赤茶色の額縁は、刷りの順序からは除外しましょう。
さて、改めて、上の図版、〈帽子の女〉がどのような順番で彫り進められたのか、色版の色名で答えてみてください。
「彫り進み版画」を制作してみた
L字型多色刷版画のところでも述べましたが、大学の「小専美術」の授業は、2014年以降カリキュラムを一新し、いわゆる通常の講義形式は無くして、実技とグループ研究+発表という形に改めました。
実技の授業の最初に「L字型多色刷版画」を位置付け、二つ目にこの「彫り進み版画」を行い、最後の三つ目に「彫り進みリレー版画」という流れにしました。
「彫り進み版画」の版のサイズは、15×15cmにしました。少し小さいかなと思いましたが、一コマ90分の授業なので、能率的にちょうど良く、作品としてもこの大きさで良かったと思います。
基本的に4版4色刷り、3点以上制作し、同じ色の組み合わせの作品にはしないという条件にしました。
次に行う「彫り進みリレー版画」の試作でもあるので、3版で止めたり、もう一回加えて5版でも良いことにしました。また、一版で2色のグラデーションを刷ることもありました。
それでは、学生の作品をご覧ください。















「彫り進みリレー版画」を行うまで
「彫り進みリレー版画」は「版画指導の新しい可能性について」(琉球大学教育学部紀要58集 2006年3月)で提案した私のオリジナルの教材です。この時はまだ実際には実施しておらず、論文にも「まだ、思いつき段階ですが、こんな授業どうでしょうか」と書いています。
2013年に小学校教育実習で、美術教育専修の学生が図工の授業を行うというので、授業を観に行きました。
そこで、ちょっと信じられないような光景がありました。よく図画工作の授業で行なっている「モダンテクニック」の授業でしたが、「水彩絵具で色水を作りましょう」と実習生(学生)が言いながら、水の中に水彩絵具を垂らし始めたのです。絵具に水を加え緩めてから、順次水の量を増やしていかなければ、ダマができてしまいます。こんな基礎的なことが3年生になっても分からないのかと驚きました。
3年生の後学期は、翌年度の卒業研究のための「特別演習」の授業がありますが、この学年は、卒業研究ゼミなどしている場合ではないと思い、その年の絵画特別演習は版画を行うことに受講生と話し合って決めました。版画は、段階を経ながら作品制作を行うので、その時行っていることが何のために行っているのかが分かり易いからです。
そこで、2006年に思いついたまま、まだ実際に行っていなかった「彫り進みリレー版画」を行ってみました。
実際に行ってみると、考えていたように行ったのでは、煩雑であったり、時間がかかりすぎたりいろいろな問題があることが分かり、改善していきました。基本となるグループを四人ではなく三人にしたのが一番大きな改善点です。
この絵画特別演習の授業で「彫り進みリレー版画」を行ってみて、これは造形で対話のできる良い教材だと確信できました。そこで、翌年度から「小専美術」の授業に導入しようと、材料・道具を準備した、ちょうどそこに、沖縄県立博物館・美術館の大城仁美学芸員から、内間安瑆展のプレイベントとして版画講座を依頼されたのです。
「L字型多色刷版画」を子ども向けの夏休み版画講座で8月に、「彫り進みリレー版画」を内間安瑆展開催中の9月に教員向けのワークショップとして行うことになりました。
「小専美術」の授業で行うには、確認し改善したいことがいろいろあり、前田紫先生にお願いし、附属中学校の美術クラブで「彫り進みリレー版画」を実施させていただいたこともありました。
そのような準備・経験を経て、2014年から新カリキュラムに移行できたのです。
「彫り進みリレー版画」を制作してみよう



