Workshop 教材開発
L字型多色刷版画
このL字型版画を思いついたのは、かなり無理な条件のワークショップを望まれたからだった。
2014年9月に沖縄県立博物館・美術館で内間安瑆展が開催されたが、そのプレイベントとして8月に「夏休み版画講座」実施を、展覧会担当学芸員の大城仁美さんから依頼された。
私が、内間安瑆の作品を美術館に収蔵するための収集委員会の委員として関わった、版画の制作者・教育者ということでの依頼だったと思われるのだが、内間安瑆展が色彩木版画の展覧会だったためか、以下のような大変な条件を提示された。
①木版画の多色刷版画であること
②参加者の対象年齢は5〜7歳位
③午前中の2時間程度の制作時間
④保護者同伴
後から打ち合わせに行って分かったことだが、大城さんは、横浜美術館で行われたワークショップのようなものをイメージしていたようだ。
そのワークショップは、あらかじめ彫られ準備された板木をただ刷るだけの作業だった。いくら日本の誤解に満ちた「ワークショップ」と言っても、これはあり得ない。
こんな、限定、去勢された「作業」を未来ある沖縄の子どもたちにさせるわけにはいかない。こういう場面に遭遇してしまうと、つい真剣になってしまう私なのだ。
通常、5〜7歳の子どもに、彫刻刀を持たせ、板木を彫らせるのは考えられない。危険すぎる。しかし、ここで、条件④がプラスに働く。保護者が子どものアシスタントになり、子どもが描いたイメージを保護者が彫刻刀で彫れば良いのだ。
自画自賛になるが、版木をL字型にしたのは、かなり凄い発明ではないかと思う。何故「L字型」にしたのか…
正方形の版木を4等分4つの正方形に分割し、その一つは完全に彫り除いてしまい、この版木を回転させて3度それぞれ別の色で刷り重ねれば、2度重なるところと3度重なるところが出来て、手軽に多色刷版画ができるところまではすぐに思いついた。
早速、試作してみた。出来るだけ大判の作品で伸び伸び楽しんで貰いたかったので、最初の試作は、30×30cmのシナベニヤ板を版木にした。
4分割の一つの正方形部分を完全に彫ってしまうので、ここだけ版木が薄い。刷りのとき、版木を濡らすので、一部だけ極端に薄いところがあると、ベニヤ板は反り返ってしまう。とても暴れて、刷りにくい。この状態で位置がずれないように3度刷り重ねるのは大変だ。
どうしたらこれを解決できるか考えていたのだが、翌朝、目覚める時に閃いた。切り取って仕舞えば良い! (薄い部分が無くなる!)
これで、刷りのとき、余白を汚さないようにするなどの余分な注意も払わなくて良くなった。
何より、L字型は、形が楽しい。いつもの真四角の画面に絵を描くより、ドキドキしてくる。
子どもたちには、まず、白チョークで絵を描いてもらった。拭き取らなくても、絵具に影響がないからだ。白チョークを目の前にして、子どもたちはもう、描き始めたくて我慢できない。
これだけ沢山の子どもがいると、何を描こうか考え込むタイプも居そうだなと考えて、「白チョークで描くのは、1分間だけ」と最初に指示した。
10秒前から秒読みして、描画終了。
すぐに保護者の方に彫り始めてもらった。
「彫り」が終わったら、次は「刷り」。
ここは、集まってもらってデモンストレーション。
・版木は初めに水に濡らすんだよ。
・水彩絵具だけだとボディがないのでデンプンのりを混ぜるんだよ。
・鮮やかな発色にしたかったら、白の絵具を少しだけ混ぜると良いよ。
・丸刷毛を回転させながら絵の具のムラを無くすと良いよ。
・3回刷り重ねるから、カド見当で位置を合わせるんだよ。
極意は結構沢山あります。
でも、上手くいかなくても、それが味になるところも版画の魅力。
「この数字はなに?」って聞いたら、答えが凄かった。
白チョークで描いているときに秒読みに突入、思わず空いたスペースに「4321」と書いたのだそう。
素晴らしい瞬発力。数字の大きさ、バランスも実に良い! 子どもは天才です。
このワークショップでは、作品は3枚作ってもらった。3回刷り重ねる色の組み合わせは、全て違う組み合わせで…。最初の色は3枚とも一緒で構わない。
でも、彼女は、「別の色にしようかな…」と考えているみたい。
版木の大きさは、26×26cmにした。
それは、30×30cmで試作してみたら、大人の私でも刷りの時、息切れするくらいだったので、少し小さくした。版画用紙に無駄が出ない大きさでもある。
2色刷り目。
刷りムラの絵具が良い味を出している。
3色刷り目。
綺麗に刷れているね。3回重ねるとかなり複雑な色が出てくるね。
赤と緑は同じ位置で刷ったんだ。これだと一回刷りのところ(黒)もあって、こういうのも綺麗。
2時間半、楽しく制作してくれました。子どもの色使いは、とても大胆で美しい。いつも感動します。
その後、この「L字型多色刷版画」は大学の「小専美術」の授業で行うようにした。
「小専美術」は、小学校課程の学生に提供する小学校8教科の科目の一つで、図工、美術の基礎的素養を身につけるための講義科目である。
私は1982年に琉球大学教育学部に赴任して以来、この科目を担当してきた。講義科目のため、週1コマ15回しかない授業ではあるが、美術の科目なので実技を絡めて美術の理論や歴史の講義を行ってきた。
ところが、実技の時間は楽しそうに授業に参加するものの、講義形式になった途端、居眠りする学生が続出。
本来は、講義をしっかり聴き、自分で問題点を見つけ、自学自習してその成果を発表するという形が望ましいと思うのだが、私の退職前10年間ほどは、講義の形式に耐えられない学生が大多数になってしまっていた。
2014年のL字型版画教材を開発後は、カリキュラムを一新して、いわゆる通常の講義形式は無くして、実技とグループ研究+発表という形に改めた。実技の授業の最初にこの「L字型多色刷版画」を位置付けたのだ。
この新カリキュラムは退職の年まで改善を続けながら実施し、学習効果はかなり改善されたと思う。