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内間汐梨
琉球大学 美術教育専修「卒業・修了」展

2019年2月13日〜2月17日

 内間汐梨さんは、2018年度、私が定年退職の年の卒業生です。この年度の4年生は、全員、とても充実した卒業研究を行いましたが、その中でも特に私が注目した人です。

 卒業研究の題目は「染める・染まる・染まったもの」。

 「​染める」という行為、「染まる」現象、「染まった」ものについて考える、まさに「染め」の本質に迫ろうと試みた研究で、安易に作品作りに走らない姿勢に共感しました。

 卒業・修了展では、「息ざし、たゆたう」「burn 及び burn のためのアプローチ」「そこはかとなく」の3つのシリーズを発表しました。

 

 ここ数年、琉球大学の「卒業研究」は、3年次後学期の美術科教育法Cで座間味島に滞在し、自分の制作テーマを見つける授業からスタートする人が多く、この最後の年度の卒業研究を見つめてみたい気持ちから私もこの授業に参加してみました。

 そこからスタートした1年半の、内間さんの研究の展開を、私の考察も交えながら、ここにまとめてみたいと思います。

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息ざし、たゆたう
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burn 及び burn のためのアプローチ
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そこはかとなく
座間味島にて

2017年10月〜2018年3月

 美術科教育法Cの授業が始まり、座間味島に行く前に、さあ自分の制作テーマを出しなさいと言われて、すぐに出せる人って居るんだろうか。

 まずは、自分の興味のあることを、取り敢えずあげておくしかないだろう。

 内間さんが提出したのは「座間味島の色をはためかしたい」という、実にざっくりとしたテーマだった。

 織染の授業体験が彼女にとって最も強いものだったのだろう。

 「植物から色が出ること、それが布を染めることができること。

​ 私にとってそれはとても新鮮で喜びに溢れたことだった。」

 

 座間味島に生えている植物で布を染め、それをはためかしたい、と言うのだが、短い滞在期間では試染くらいしか出来ない。

 

 「とにかく、いろいろな植物で染めた小さな布を縫い合わせて、ポジャギにしてみたら」と思わず、アドバイスしてしまった。

 これが、自分に還ってくることに気づいたのは少し後になる。

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はためかすだけでなく、折本の色見本帳まで作り上げた。

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卒業研究第一次報告会

2018年5月20日

 ひたすら、身近な植物を染めていた。その中で媒染の色味が強く出るのは違うと感じたようだ。

 無媒染かミョウバン媒染に絞られてきた。

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卒業研究第二次報告会

2018年7月21日

 内間さんは、新しく、花や葉を布に包み、蒸して染める方法を見つけて来ていた。

 葉を縫い付けてみたり、針を刺して写し取ったり、さまざまな試みをしていた。

 きっとドキドキしながら試しているのだろうな。

 

 私は、自分が初めて樹脂テンペラ絵具を自製して、それを使って絵を描いた時のことを思い出した。

 雪華石膏で下拵えした画面に絵具が吸い込まれていき、定着していくことに、驚きや興奮や愛おしさを覚えたことを。

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たんなーふぁーくるー展

2018年9月1日, 2日

 たんなーふぁーくるー展は、4年次学生が夏休み中に民家を用いて行ったグループ展だ。3週間後には、第三次報告会が予定されているこの日程で行うと聞いた時、はじめ私は違和感を覚えた。

 まだ作品として発表するに至っていないものを安易にグループ展だからと展示するのではないかと案じたからだ。

 しかし、最終発表まで経過したのちに振り返れば、このグループ展は、自主ゼミのようなものだったのだなと思う。

​ 第一次報告会、第二次報告会を経験し、その報告会で、短時間に一方的な評価を受けてしまうことに対する、柔らかな異議申し立てでもあったと思う。

 ここで内間さんは「痕跡−そこにあった−」と「痕跡−そこにある−」を展示した。不在と存在である。

 「痕跡−そこにあった−」は、染料を袋に入れて煮出し染め液を抽出した後の袋をイメージさせる。袋は閉じられているので中に植物が残っているのか捨て去られているのか分からない。ただ袋の外から想像するだけだ。

 「痕跡−そこにある−」は、花びらを巻き込んだ布を蒸して染め、そのまま花びらを残した作品だ。花びらは乾いて布にこびり付いているが、時間が経てば自然に剥がれ落ちていく。

 二日間だけの展示だったが、内間さんは「痕跡−そこにある−」の展示方法をさまざまに変化させ、鑑賞者の反応を含めて静かに見守っていた。

 私は、この「痕跡−そこにある−」をこの民家にでなく、ニュートラルな壁に展示してみたくなり、翌日に大学の壁面に掛けて撮影させてもらえないか頼んだ。

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たんなーふぁーくるー展のショートムービー

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 私がニュートラルな状態でこの「痕跡−そこにある−」を見てみたかったのは、この作品で花びらが果たしている役割が、絵画的にどう見えるのかが確認したかったからだ。

 花びらは蒸されることで、その色素を布に移し、布を染めている。と同時に、花びらは染まろうとする布の上に被って防染の役割もしている。

​ この防染の効果は、花びら自らの姿を布の上にとどめる。

 私はまるでフォトグラムのようだと思った。

 写真の原初的な形、ものが印画紙の上にじかに置かれ、焼き付けられた痕跡。その生々しさ。

​ そういえば、写真の画像は印画紙を感光させて得られるが、強い光に当てることを「焼く」と言う…

卒業研究第三次報告会

2018年9月22日

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 第三次報告会は、例年、夏休みの終了間際に50周年会館で開かれる。最終報告となる卒業・修了展と同一会場であり、最終展示の予行演習的な意味あいもある。

 内間さんは2階の一室全てを用い、これまで試みてきた、自分と植物との関わり方 「巻く」「折る」「刺す」「浸す」「蒸す」といった行為を、再確認するように作品を配置していた。

 「​痕跡−かみぶくろ−」は紙袋の形に布を折り植物を閉じ込めた。たんなーふぁーくるー展の「痕跡−そこにあった−」での試みを進めていて、植物の存在が、折られた布との関わりの中でより強く感じられるようになっていた。

 新たに蒸し染められた布の色鮮やかさに比べ、たんなーふぁーくるー展で展示されていた「痕跡−そこにある−」が、短期間のうちに、かなり褪色し、落ち着いた色合いに変化していた。

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卒業研究第四次報告会

2018年11月24日

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 この報告会は衝撃的だった。シナベニヤの展示机に並べられたのは、全て焼け焦げた布だった。そして、美しかった。

​ けっして簡単な美しさではなかった。でも、私も含めて、ほぼ全員が感動していたと思う。

 立方体の布の中に植物を閉じ込め、植物から滲み出た色素が布に移っている作品を構想し、立方体の展開図型に切り抜いた布を、植物を閉じ込めるように折り畳み蒸したのだという。

 だから、焦げてしまったのは失敗のはずだった。蒸し器の水が無くなってしまっているのに気付かず火にかけ続けた、完全な失敗だったはずだ。

​ しかし、美は思いがけないところに宿る。

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 実は、私は1週間ほど前に、織染室でこれが畳まれたまま干されていたのを偶然に目撃していた。その時に、これは面白いなと思った。でも内間さんには会う機会もなく報告会の日を迎えていたのだった。

​ これを単なる失敗だと見做さず、卒業研究の中に位置付けただけでなく、1週間という短期間に、これだけの試作を行なっていたことにも驚いた。

​ 出てきた作品の美しさはもちろんのこと、おそらく、水加減や火加減、空焚きする時間の長さまで、さまざまに試したのだろうことが、展示机の上に並べられた数点の作品から想像できた。

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 内間さんは、もう一つの試作のシリーズも展示していた。こちらは、褪色をテーマにしていた。​第3次報告会で、「痕跡−そこにある−」の褪色がかなり進んでいたことから考察した試作である。意図的に、日光による褪色の度合いを視覚的に見せようと試みていた。

 内間さんは〈「褪色」と「炭化」という二つの現象が、私の染めるという行為を軸に結びつき展開していく。〉と最終報告の「卒業研究要旨」に記したが、これにはどこまでの考察が含まれているのだろう。

​ 「褪色」と「炭化」は、一見、「白化」と「黒化」であり、両極端の現象のようである。

 しかし、果たしてそうなのだろうか…

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卒業研究最終報告会(卒業・修了展)

2019年2月13日〜17日

息ざし、たゆたう
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 「息ざし、たゆたう」は、4枚の布をそれぞれ日光に晒し、染め上げたばかりの1枚を加えた5枚の布を展示し、自然に色が褪せていく様子を見せようとした。

 第4次報告会以降、布のサイズを考え続けて、最終的に床に着くほど長い布にすることを決めた。

 それは、布から色素が空中に放たれていくイメージを表現したかったからだという。

 しかし、サイズの決定が、卒業・修了展の僅かひと月ほど前だったため、さほど褪色が進まず、意図通りの展示には、残念ながらなっていなかったように思う。

 それでも、一つの過程を展示出来たことは良かったのではないだろうか。

 4枚の布が充分な間隔を空けた時間を経過したのちの、この作品を改めて見てみたいと思う。

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burn 及び burn のためのアプローチ

 「burn 及び burn のためのアプローチ」では、さらなる展開があって驚いた。

 一つの机には、第4次報告会に出された作品が数を絞って展示されていた。報告会の後、おそらく随分の数を試みたのだろうが、最初のものを上回る結果は、この綿布を用いたアプローチからは生まれなかったのだろう。

 ビギナーズラックと言えるかもしれないが、これを越えようとしたアプローチこそが貴重なものであると思う。

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 そして、驚いたのは、もう一つの机の絹布を用いたアプローチである。綿布の方には、ある種の荒々しさ、制御できないほどの火の力を感じたのだが、こちらの絹布の方は、繊細極まりない。

 焦げて煤けたグレーや褐色の焦げ目、蒸し器の穴で生じたドットの表情、そして、水分を失った植物。

 さまざまな表情が美しい調和を奏でていた。 

 正直、たった1年の卒業研究でここまでの展開は予想していなかった。実に嬉しかったし、感動した。

 ところが、内間さんはもう一枚役者が上だった。折り畳まれたまま、卒業・修了展会期中は開かれることのなかった、もう一つの絹布の作品。後日、これを開いて見せてもらった私は、内間さんの強かさを思い知らされた。

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burn 及び burn のためのアプローチ ショート・ムービー

そこはかとなく
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 この「そこはかとなく」も私にとって驚きのシリーズになった。

 第4次報告会では、burnの出現が私にはあまりの衝撃だったので、クールな亀井先生が、元々のコンセプトのキューブの作品は試みないのかと尋ねるまで、そのことに意識が向かわなかった。

​ しかし、内間さんの中では、このキューブのシリーズを初めの意図通り作り上げることは既定路線だったのだろう。

 「burn 及び burn のためのアプローチ」は「そこはかとなく」に、なるはずのものだったからだ。

 だから、この「気配」を主題にした作品が形になるのは、当然のことだった。

 こちらも綿布の作品までは…。

 

 綿布の作品はまさに「そこはかとなく」のコンセプト通りの作品だろう。

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 ここで、また、私の予想を超えた作品が出来上がっていた。絹布のキューブ作品である。

​ これは「そこはかとなく」のコンセプトからは離れていってしまうものなのかもしれない。

 綿布と違って絹布はそこにある植物をかなりあからさまに見せる。「気配」どころではない。

 ところが、折り畳まれ、各面に写り込んだ植物の朧げな色形(いろかたち)が作用して、実体であるはずの植物がどこにいるのか判然としなくなるのだ。

​ 私は、自分が制作しているポジャギの作品で、絹布の重なりによる「空間の揺れ」が現在の関心事であるため、この絹布のキューブ作品には、とても感銘するものがあった。

​ 次への展開を予感させるものだ。そして、以前の作品「痕跡~ここにある−」で感じた「フォトグラムのようだ」と思ったあの感覚…。

 イメージが「焼き付けられる」感覚…。

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 そして、再度、問い直してみたい…

 「褪色」と「炭化」は、一見、「白化」と「黒化」であり、両極端の現象のようである。しかし、果たしてそうなのだろうか…

 「褪色」はつまり酸化である。日光に晒され漂白することもあるが、鮮やかな色がくすんでいくこともある。

​ 穏やかな酸化だ。

 一方、「炭化」も酸化である。急激な酸化だ。

 ともに「焼け」ている。

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SHIORI UCHIMA 2017-2019

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SHIORI UCHIMA burn 及び burn のためのアプローチ

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